イランカラプテ!キミです!
タイトルの通りですが、ヤフーニュースに僕の事を取り上げてもらいました。(後半の少しだけですが。。。)僕のプロフィールはこちらから
アイヌとして生きる
ウレシパクラブ以外にも伝統を残そうと模索するアイヌの若者がいる。萱野公裕さん(29)。高等専門学校卒業後、神奈川県で4年間機械設計会社に勤め、2013年に故郷の北海道平取町二風谷(びらとりちょう・にぶたに)に戻った。
「若手のアイヌの人たちが、どんどん二風谷を離れていく中で、誰かがそういう技術みたいなものを残していかないといけないかなと、戻ってきた感じですね。この北海道という土地で、僕たちの先祖がどうやって生きてきたんだということを、知る機会と考える機会になるかなあと思いまして」
これまでに、アイヌの伝統的家屋「チセ」の復元、修復、新築などに携わってきた。
萱野さんは語る。
「(チセは)自然の素材を自然のまま使うことが現代の建築とは違うと思うんですよね。山に生えている木って四角いわけはない。丸いんだから、うまく使える木を持ってきて余分な手を加えないで自然にあるものを使うということがアイヌの知恵なんじゃないですかね」
今後はゲストハウス経営で生計をたてつつ、アイヌの文化を学び、継承していきたいと話す。アイヌとして生きることの意味について聞くとこう答えた。
「自然とともに生きるということ。山を知るとか、川を知るとか。都会は便利だけど、不自然だと思う。物もたくさん消費するし。アイヌは物をすごく大事にしますし、全てが自然の恵みというか。僕はこの地元に帰ってきて、先祖が残したものを少しでも、また、次の世代に伝えていけるように、そういう活動に、関われたらいいなあと思っています」
9月か10月頃に取材してもらった事が記事になりました。前半部分は札幌大学のウレシパクラブの学生さんたちの事で、僕はそれとは別の若者として出させてもらっています。
さっそくお二人の方からニュースを見たとご連絡をいただき(しかもお二人とも海外から!)メディアの力を感じました。
記事の中で僕の部分で気になったところを本人の気持ちや考えも踏まえ付け加えさせてもらいます。
1.タイトルの「アイヌとして生きる」は別に伝統を守る事とイコールではありません。時代は進み家の形や生活様式も変わっています。それぞれのアイヌがそれぞれの生き方をしていいんです。生活が変わってもアイヌである事に変わりはありません。
2.僕が関わっているのは伝統家屋だけではありません。アイヌ語や儀式や少しだけ舞踊などにも関わっています。アイヌコミュニティの中にいると関わることは多岐にわたります。
3.「チセ」という言葉について。チセ/cise/はアイヌ語で「家」を意味します。だから現代の家もアイヌ語では「チセ」です。観光地などで復元されている「チセ」は明治から昭和初期のアイヌの住居を再現したものです。便宜上茅葺の伝統家屋を「チセ」と呼んでいますが、チセ=茅葺ではありません。
伝統を残すことは先人たちの考えに触れるチャンス
僕たちアイヌの先祖は自然を上手に利用し持続可能な暮らしを営んできました。つい150年ほど前までです。現代社会の大量生産&大量消費は果たしていつまで続けられるでしょうか?
言語と思考は密接な関係にあります。日本語にはベースとなる社会(日本社会)の思考がありき、英語には英語の、アイヌ語にはアイヌ語のベースがありきです。アイヌ語を学ぶ事もアイヌの考え方のベースに触れる機会です。
生活用具も同じです。なぜその形なのか、なぜその道具が必要なのか、なぜその材料を使うのか。
アイヌの伝統を学ぶ事でアイヌが今まで培ってきたこの島(北海道/ヤウンモリ:yaunmosir)での持続可能な生活の仕方を知れるというのが僕の考え方です。