ゲストハウスのポリシー

イランカラプテ!キミです!

ゲストハウスを始めるにあたって、僕が目指す宿のスタイルをはっきりとさせておきたいと思います。

僕が目指す宿

ひとことで言うなら「適度な距離感と必要十分な設備と情報」が僕の目指す宿の形です。

ざっくりしていて具体的ではないように感じると思いますが、僕の経験を踏まえて説明させてください。

泊まって嫌だった安宿

いきなりネガティブな話題になってしまいますが、僕が実際に宿泊して嫌だった宿の特徴を挙げたいと思います。こんな宿にはしたくないという事です。

(1)人類みな兄弟系の宿

勝手に名づけてしまいましたが、「宿泊者同士、一生懸命仲良しになりましょう!」といったコンセプトの宿です。昔のユースホステルに近いのかもしれませんが、こういう宿では、宿泊者全員参加型のイベントがあったりします。僕は友達を作るのに時間がかかるタイプだし、発言などから明らかに仲良くなれないタイプの人とも(表面的にでも)仲良くしなくてはいけないのが苦痛でした。僕は自分のペースで気の合いそうな人と仲良くなりたいです。

(2)ゲストハウスとは名ばかりの宿

僕はゲストハウスと聞けばドミトリー(2段ベッド)で共用トイレ、シャワー、キッチンがあり受付にはスタッフが居る宿をイメージします。ですが、あるゲストハウスはアパート1棟を宿に変えたようで、シングルベッドが2つの客室が数部屋、部屋からキッチンやトイレに行くためにも一度靴を履き、屋外を歩く必要がありました。受付というスペースはなく、隣に住んでいる大家さんに電話すると出てきて部屋に案内されるという形でした。知らない人とホテルのツインルームに泊まっているようで気持ち悪く、共用スペースも無い為、居心地がすごく悪かったのを覚えています。

(3)設備が不十分な宿

トイレが無いは論外としても、シャワールームに脱衣場が設けられていなくて、今まで着ていた服、これから着る服をどこに置けばいいの?とか、古い宿だとWi-Fiが無いとか。宿泊者の人数に対して冷蔵庫が小さすぎて自分の冷やしたいもの(ビール等)が入らないとか。キッチンの調理器具や食器などが不十分だったり。別に特別な設備を求めているわけではありませんが、インスタントラーメンを作りたいのに鍋が一つしかなくて(誰かが使っていて)しばらく待つことになるとか。コンセントが人数分無いとか、二段ベッドの上段と天井の隙間が60cmぐらいしかなくて座る事さえできないとか。挙げればキリがないですが、最低限の生活をするのにストレスを感じたくありません。

(4)情報が不十分な宿

僕は旅行に行くと現地の人の情報を一番大事にします。その地域の人がおいしいと言っている店に行きたいし、地元の人が飲むスタイルでお酒を飲んでみたいと思います。ゲストハウスの主人には最低限の情報提供をしてほしいと思います。前に九州のゲストハウスに行ったときに、「この近くで晩御飯を食べたいのでおいしいお店を教えてください。」とオーナーに聞いたら「わかりません。」と答えられました。なんで!?ですよ。あなたここでお店やってて知らないって何?って思ってしまいました。

(5)「ヌシ」が支配する宿

安宿特有の現象かもしれませんが、長期間住んでいる「ヌシ」がいる宿があります。ヌシは長い事その宿に住んでいるので、ありとあらゆる事を知っています。でもスタッフやオーナーではありません。それにもかかわらずデカい顔をして頼みもしないのにいろいろ説明してきます。僕の実感では、ヌシは変わり者です。スタッフなどから煙たがられていて話し相手をしてもらえないので、新しく宿に泊まりに来た人がターゲットにされます。はじめは話しかけてくれたので相手をしますが、変わり者なのでうっとおしくなってきます。次にその宿に行くのをためらわせる存在です。

(6)オーナー、スタッフと特定の客でかたまる宿

オーナーやスタッフの方と特定の客(常連や友達など)だけで、自分たちの空間を作っていて近づきがたい雰囲気の宿があります。まるで「ここは俺たちの空間だから新入りのお前らは隅っこに居ろ」といった雰囲気です。輪の中に入れたら楽しいのかもしれませんが、入れない人にとっては苦痛でしかありません。

(7)オルタナティブな生活を好む宿泊者

分かりずらい表現ですが、ヒッピーの様な人たちがたまる宿です。

※ヒッピーという言葉には差別的なニュアンスが含まれるということで、本来はこの場で使いたくなかったのですが、何と表現しても回りくどくなり、伝わりづらいと考えたので使いました。

僕は別にそのような考えをする人たちが嫌いな訳ではありませんが、考え方や自己主張にクセがあって、疲れた経験があるので出来れば避けたい宿です。実例では、東京でサラリーマンをしていると云うと、「そんな事してて楽しい?」とか自然破壊がどうのとか。大多数の人がしている生活を間違っていると下に見て、自分こそ正しい事をしていると押し付けられる節がありました。そういう人に限って街出身なんですけどね。僕がアイヌだと言うと、目を輝かせるような人とか、政治的な主張をいきなりしてきたり、夜にジャンベ(アフリカの太鼓)を叩きはじめたりと、「世界はあなた中心に回っている訳ではないんですよ。人の事も少しは考えてください。」と言いたくなってしまいました。

(8)意識高い系の人がたまる宿

意識高い系とは「僕はこんなすごい事をしている」「僕にはこんな人脈がある」とか自己アピールが過剰な人です。このブログを読んでくれている人には「お前がまさにそうだろ」と言われてしまいそうですが、実際に会ってもらえればそういうタイプではないとわかってもらえると思います。実際にすごい人や有名な人(人と違う事をしている人)はその事を語りたがらないと感じます。それはその面だけで自分を見てほしくないからだと思います。宿で今まで会ったタイプだと、東大生とか京大生はそれを隠したがるし、社長をしている人も自分からはその事を言わないし、医者とか外資系企業のエリート社員とか、売れたミュージシャンとか役者とかも自分からアピールしている人をほぼ見ません。僕も祖父がある程度の有名人ですが自分からそれを言った事はまずありません。多分その立場の人はそんな事どうでも良くて、自分の個性と相手の個性で話したいのに、経歴などのフィルターが邪魔になる事を知っているんだと思います。だから自分からアピールする人は大した人じゃないと経験的にわかってしまうんです。

泊まって良かった安宿

ネガティブな話はこれぐらいにして、僕が泊まって良かったと思う宿の事を書きます。それは設備にストレスが無いうえで、ちょうど良い距離感で人とのコミュニケーションがとれた宿です。

今から5,6年前に通っていた長崎のCasa Noda(カサノダ)という宿はすごくいい所でした。以前の事なので今はどうかわかりませんが、当時は人間的にすごく魅力のある女性が二人長期滞在していました。そして昼間は大学生が出入りしていて、観光地や飲食店の情報などをたくさん教えてくれました。夜は自然と(ここが一番大事)学生、長期滞在者、短期の宿泊者同士で飲んで盛り上がり、新しく来たお客さんでも、前からいるお客さんでも壁もなく楽しく盛り上がれる空間でした。

もう一軒良いと思った宿は沖縄の月と海という宿です。こっちは4年半ほど前の情報です。沖縄のゲストハウスは当たり外れが激しく、ヌシがいたり、設備が悪かったり、オーナーが教祖の様にあがめられていたり、と嫌だった宿もありました。沖縄には内地から来た人が経営してる宿も多く、地元のコミュニティとは完全に分断されているところも少なくありません。月と海の強さは地元の人が経営している事でした。夕食と泡盛飲み放題の食事をスタッフさんたちと一緒にできたのも良かったです。普段、食事は宿ではなくて外の飲食店でとるので、半ば強引に誘われた夕食でしたが、地元の人が作る本当の沖縄料理を地元の人と食べるというのはなかなかできない経験だと思いました。スタッフさんも面白くてなんだか地元の友達と飲んでるような感覚にさえなりました。

一点言えるのは沈没できる宿は良い宿だと思います。※沈没:旅の途中だけど、居心地が良くてプランを変更して長期滞在してしまう事。Casa Nodaでは完全に沈没しました。

まとめ

なんとなくでも僕が目指す宿の形が分かってもらえたでしょうか。自分が嫌だと思った経験を僕のゲストハウスではお客さんにしてほしくないですし、僕が良いと思った経験はぜひ感じてもらいたいと思っています。人の考えはそれぞれで、僕が嫌だと思ったスタイルが大好きな人もいるでしょう(人類皆兄弟系など)。宿が提供する考えと、お客さんが求める考えが一致したときに満足度が最大になると思います。全ての人が満足できる宿にはならないでしょうが、僕と近い考えの人に満足してもらえる宿にしたいと思っています。

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