BBCの取材と植民地についての僕の考え

イランカラプテ!キミです!

タイトルの通りなのですが1週間ほど前にBBCの取材を受けました。The Travel Show(ザ トラベル ショー)という旅番組で、今回のテーマは北海道のユニークさを紹介する事で、北海道”開拓”から150年というタイミングでの番組らしいです。今回の記事では取材の話と植民地の話を絡めてオピニオン多めに書いています。長文ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

取材を受ける事になったいきさつ

BBCの撮影班は全員イギリス人なので、日本のスタッフ(制作会社)が取材対象を探していました。その時に日本のスタッフの方が”カイ”という北海道を紹介する雑誌に出ていた門別徳司(もんべつ あつし)君の記事を見つけて発行元のノーザンクロスに問い合わせをしたようです。そこで「門別君だけでなく萱野君にも取材してみて」とノーザンクロスの方が紹介してくださって取材を受ける事になりました。

スタッフとの意識の差:事前打合せ

日本のスタッフの方を紹介されてから電話で何度か打合せの様な事をしました。そこで撮りたい映像のイメージや撮りたい事を伝えられました。それは”自然を大事にするアイヌ”や”萱野茂との関係”などだったと思います。特に前者は完全なステレオタイプ(固定観念)だと僕は感じているので、「アイヌ(先住民族)を良い人、純粋な人、自然を大切にする人の様にくくり、撮影する事自体がまさにステレオタイプです。それが『良い事だから問題ないでしょう』という事ではないです。僕がゲストハウスでしたい事はそのような先入観なしで、人間対人間として関係を構築する事です。」という様な事を伝えました。

撮影当日

登別での仕事を休ませてもらい二風谷に帰って撮影に協力しました。夜と翌日昼間に撮影したのですが、夜はゲストハウスで門別君などとグループでの撮影になりました。言葉の壁があるので音楽を通して交流するという様な趣旨で、ムックリ、トンコリなどを紹介させられました。翌日昼間は資料館の案内、萱野茂や家族のエピソードなどを話して撮影されました。本来は日本語でやりとりしたかったのですが、英語での会話もとりました。

アイヌの事を紹介する場合、特に映像や出版物などの形に残る媒体では誤解されないように特に気を使います。僕の発言がアイヌ全体の意見と受け取られかねませんし、間違った情報が未来永劫残り間違いの再生産をずっと続ける可能性があるからです。僕個人の事とは比べ物にならないほど気を使います。それを英語でする事は僕にはまず不可能で、誤解をされずに伝えられる自信はありませんでした。

それにも関わらず英語でやりとりしてしまった事を非常に後悔しています。映像になったときに誤解を生まない仕上がりになっている事を願うばかりです。

撮影時に引っ掛かったこと

撮影時に日本人スタッフの方とのやりとりで気になったことが2点ありました。一つ目は「以前白老の博物館に行ったら『アイヌはもういない』と言われた。」ということです。僕がもう少し話を聞くと「『あなたの思っているアイヌは150年前の姿でそのような人はいない』と言われた」と言っていました。その場では当たり障りない相槌を打ったのですが、博物館職員がそのように対応したのには理由があったはずです。この日本人スタッフさんの考え方が無意識にアイヌに対する固定観念を持っていて、それに対して博物館の職員の方が上記のように答えたんだと思いました。ですが撮影中に角が立つのも嫌で、僕は何も言いませんでした。

二つ目は明治以降の日本政府のおこないを話した後に「”北海道”が日本になってアイヌの人にとって良かった事ってあるんですかね?」という質問でした。僕は「当時は植民地主義が当たり前の世界で、近代国家の形ではなかったアイヌ社会とこの島は、日本かロシアどちらかの支配下になることは避けられなかったのが現実だと考えています。」という様な事を答えました。先の質問からは暗に「良かったこともあったでしょ?」という裏を感じてしまいました。本当に文字通りの質問の意図以外はなかったのかもれませんが、日本政府の悪かった面を聞かされて日本人として少し居心地が悪かったのかなとも思いました。

植民地主義、押し付けられた近代化

二つ目の質問は言われてからずっと引っ掛かっていて、植民地について日本人がどう思っているのか、もう一度考え直した方がいいのではないかと思いました。ネットの右翼思想、嫌韓思想の人達が、「朝鮮を日本が統治してからインフラなどが整備された」と声高に主張するのが見受けられます。その根底は「高い技術力こそが正義で、みんながそれを望んでいる。」と何の疑いもなく信じている事だと思います。

北海道が”開拓”されてから150年ほど、この島の形/あり方は大きく変わり急速に近代化されました。それはアイヌが望んだからでしょうか?違います。日本人が望んだからです。植民地は宗主国の望む形に作られます。

本記事冒頭からダブルクォーテーションマークで囲っていた”開拓”の文字。日本人にとっての”開拓”はアイヌ側からみれば”侵略”だと僕は思っています。

これを聞いて怒った日本人が「じゃあ近代文明を放棄して日本人が作ったインフラはすべて破壊しろ。使うな。」と言うかもしれません。だとすればこちら/アイヌ側は「日本人が切った大木、裸にした原生林、絶滅させたオオカミや激減させたニシン等の動植物、山や川から採った金属や鉱物を返してくれ」と言うでしょう。

また現在について考えれば、この島/北海道は日本の食料自給率を大きく支えています。さらに防衛の意味でもこの島がロシアや中国の領土であった場合と、日本である場合を比較するとかなり違うでしょう。

その島に日本人が来るより前から住んでいたアイヌについてどう思いますか?

前述の質問「”北海道”が日本になってアイヌの人にとって良かった事ってあるんですかね?」に戻りますが、僕には「日本に支配されて良かったことは何ですか?」という質問と同義だと感じました。支配された側に「支配されて良かったことは何ですか?」とはなんと残酷な質問でしょうか。支配、被支配の関係が理解できていればこんな質問はしてはいけないと思うのではないでしょうか?

いまこそ日本社会が”北海道”そしてアイヌを真剣に考えるタイミングではないでしょうか?

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