アイヌの精神:チャランケ

イランカラプテ!キミです!

このブログの読者の方からコメントをいただき、そこでチャランケについて触れられていました。チャランケとは何かという事を書きたいと思います。

チャランケとは

チャランケ/caranke/はアイヌ語で「談判する」や「討論する」という意味の言葉です。今はあまり使われないかもしれませんが、北海道方言(日本語)で「ちゃらんけ」というと「文句」や「言いがかり」のような意味で使われます。本来のアイヌ語の意味とはだいぶ違ってしまっています。

チャランケ/caranke/を分解すると、チャ/ca/とランケ/ranke/に分けられます。チャ/ca/は僕の祖父は「言葉」と訳し、中川裕先生と田村すず子先生は「口」と訳しています。ランケ/ranke/は三人とも「~を下ろす」と訳しています。どちらにせよ、非常に近い意味だといえるでしょう。

いつチャランケするのか

人間同士で何かトラブルが起きたとき、皆さんはどのように解決するでしょう。片一方が我慢するのか、誰かに仲裁してもらうのか、裁判をするのか、権力のある人に頼るのか、暴力で解決するのか。今の世の中には色々な方法があると思います。

伝統的なアイヌのトラブル解決方法がチャランケ=話し合いです。当事者同士が自らの「言い分」を「下ろし」徹底的に議論する。双方納得するまでたくさん時間をかけて話し合い、解決方法を見出すのがアイヌのやり方=アイヌプリです。

僕の祖父と阿寒湖畔の山本多助エカシが約35年前に対談したテレビ番組で、チャランケについて話していたので、文字に起こしました。

エカシと語るわがアイヌモシリ・北海道 放送:STV 1983年3月22日

萱野茂
ユカラというのはやっぱり古い言葉を次から次と並べるので、ウコチャランケに強くなる。で、このウコチャランケという言葉をですね、よくあの北海道の人達は「ちゃらんけ」って言ったら、喧嘩売るとかそういう風に言うんですけど、
山本多助エカシ
とんでもない事だ。
萱野茂
そうではなくて、ウというのは「互い」。コというのは「それ」。チャというのは「言葉」。ランケというのは「下ろす」。つまりお互いにあなたも私も持っている言葉をそこへ下ろして、話し合いをして、話し合いで解決しよう。これがウコチャランケという言葉ですよね。ですからそういう意味ではユカラを聞いて古い言葉をたくさん覚えておいて、ウコチャランケの時その言葉を並べ立てて事を円満に解決しようと。これが、ユカラを聞いて覚えて、ウコチャランケ、円満解決の糧に使う、という事ですよね。ユカラは。
山本多助エカシ
これはね、いま萱野先生の発言に俺は拍手したいです。
萱野茂
ありがとうございます。
山本多助エカシ
本当に拍手したいです。その通りだから。そして、その、言葉のある限りを尽くして、二日でも三日でもその問題を論議していく。そうして、初めて、円満解決する。
萱野茂
あー、なるほどね。
山本多助エカシ
ところが、いまどきはその論議を尽くさない。言葉のある限りを使用しない。知識のある限りを利用しないから、個人対個人では喧嘩になる。
萱野茂
そうですよね。
山本多助エカシ
ああいうつまらない事はない。そして、権力国家 対 権力国家の間では、言葉を尽くさないから戦争というもの、尽くさせないかもしれない。戦争という野蛮な行為が起きる。アイヌ民族はその言葉を尽くすからこそ平和主義者だといえる。
萱野茂
そうですね。

また最近の番組で、2016年末に放送されたNHKのドキュメンタリーでもチャランケを取り上げていたので、文字に起こしました。

ETV特集「今よみがえるアイヌの言霊~100枚のレコードに込められた思い~」

ナレーター
この白老町で録音されたレコードにはチャランケと書かれていました。談判するという意味で、もめ事を話し合いで解決するときの、対話の言葉です。
チャランケとは?(画面の文字)
北原次郎太先生
今の裁判と同じで、個人間のトラブルからですね、例えば、何か「財産を貸していたものをまだ返してもらっていない」ですとか、あるいは「もう返したはずだ」とかですね。あるいは、狩猟とか漁労を行う時のテリトリーを誰かが
侵してしまっただとか。そういった事が理由になって、チャランケが起こります。平和を追及するという考え方がもとにあると思いますね。もちろんアイヌ社会の中でも戦いが起こるという事はあるわけですけれども、それはやはりすべきではない事であって、まずはそういう方法をとらない解決を目指していく。そのために作り上げられてきた、習慣だと思うんですね。

チャランケは平和でいようとするアイヌの知恵だといえます。

キツネのチャランケ

最後に、チャランケを扱ったアイヌの昔話「キツネのチャランケ」を紹介します。

小学生日本の民話・15 キツネのチャランケ〈北海道〉

発行:小峰書店 編集:萱野茂 発行日:昭和49年2月28日

キツネのチャランケ(P.P.17-23)

あらすじ

支笏湖近くの、ウサクマイという場所に大変心がけの良い一人のアイヌの若者がいました。村近くの山でシカやクマを獲り、村人たちにわけたりしながら家族と楽しく暮らしていました。村の近くにはきれいな川もあり、秋になると鮭が遡上します。その鮭を獲り、冬の食料とするため平取からもたくさんのアイヌがやってきました。

時間は流れその若者も年をとり、狩りをする事もなく家で彫刻などをしながら生活していました。ある夜、遠くのほうから人の声が聞こえてきます。真夜中に誰だろうと気になり、声のする方へゆっくり向かうと、その声はどうやら人間のものではありません。

川向いの川辺から聞こえる声の方向へ目を凝らして見ると、一匹のキツネがいました。そのキツネは人間の言葉を話し、アイヌに向かってチャランケしています。

「鮭というのは、アイヌが作ったものでも、キツネが作ったものでもない。川口を司るふたりの神が数を決めて遡上させている。その数は人間だけでなく、クマやキツネなどが十分食べても余るほどだ。それなのに今日の昼、アイヌがとった沢山の鮭から一本勝手にとって食べると、そのアイヌはありったけの悪口を言ってきた。そのうえ、この国土からキツネを追い出すようにすべての神様に告げ口をした。もし、神様がアイヌのいう事を聞き、我々キツネが木も草も生えない遠くの国へ追い出されたら大変なことだ。神でもアイヌでも私の言い分を聞いてくれ。」と、嘆きながら訴えていました。

それを聞いたアイヌはキツネの言い分がもっともだと思い、翌朝村人をあつめ、きのうキツネに悪口を言ったばかなアイヌをしかりつけました。そして、酒とイナウを作り、キツネの神へ丁寧にお詫びをしました。

だから、これからのアイヌよ。川にいる魚や山の木の実でも、すべての動物たちが、みんな仲良く分け合って食べるものだから、けっして人間だけが食べるものと考えてはいけません。

と、ひとりのアイヌがいいながら、この世を去りました。

自然との関係性、そして対話の重要性を今に伝えてくれている話だと思います。

人間にとって何よりも大切な「話し合い」=チャランケの話でした。

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